2013年 10月 13日
霞沢岳 ③ 霞沢岳往復 (10.1 火 ) |
今年9月の初めに西穂の稜線から見た霞沢岳は、思いのほか堂々としてカッコイイ山塊でした。今日は霞沢岳から穂高の山々を望むのが楽しみです。
「暗い中歩き出して冷たいお弁当を食べるより小屋で暖かい御飯を」と勧められてそうすることにしましたが、山小屋で朝食6時というのはちょっと遅いような…
まぁ、今日の日没は17時30分頃、暗くなる前には戻ってこられるでしょう。

K1ピーク手前の崩壊地を過ぎたあたりから振向くと正面に常念岳。
蝶ヶ岳の山裾を縫って光る梓川も見えました。
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ということでのんびりお布団にくるまっていたので
モルゲンロートは見逃したかも。
でも穂高の向こうの空はほんのりと、
心配だったお天気もどうやらもちそうです。

6:30 出発。林の中をジグザグに上っていきます。前穂の山頂はまだ雲隠れ。

1時間ほどでジャンクション・ピーク

見えてきたのは霞沢岳、ではなくてその南の2553m峰のようです。

週末3000mの稜線を彩っていた紅葉前線は大分下りてきて、このあたりの山も色づき始めました。


暫くは緩やかなアップ&ダウンです。(もっと)年を取ったらこういう山歩きがいいなぁ、と余裕綽々で。

道しるべも秋の色

途中大きく山肌が抉れて崩れ落ちている箇所がありました。覗きこむとそのまま転げ落ちてしまいそう。

その先には霞沢に続く谷。
日本山岳会設立者の一人である小島烏水は、島々から徳本峠ではなく、沢渡から霞沢を詰めて上高地に入ったそうな。明治35年のことです。

吊尾根が見えてきました。なかなか渋い。

行く手にK1が聳えています。
K1が手前でその次がK2? 西穂は2の方が先だった。
ところでP1、P2のPはわかるけど、Kって何?
ヒマラヤにK2ってあるよね?(ヒマラヤいつか行きたいな)
( K2のKはカラコルムの英語表記 Karakorum の K でした。
ってことはこちらは Kasumisawa の K?)
あーだこーだ言っていられたのもこのあたりまで

こんなところはいいとして、ザラザラの急登( 帰りはやだなぁ)に長い長いトラロープ道。
まだあるのぉ? ありがたいはずのトラロープに八つ当たりしながら

10:45 ひょいと飛び出したK1では評判どおりの素晴らしい展望が開けています。
今度は徳本峠から大滝山を経て蝶ヶ岳まであの稜線を歩いてみたい。

どこから見ても整った笠ヶ岳の姿ですね。
手前焼岳から西穂への稜線の下の方には帝国ホテルや清水屋ホテルの赤い屋根。
確かウェストンさんは霞沢岳にはあそこから登ってきたはず。

秋の雲は動きが早い。笠ヶ岳の上に漂っていた雲は 
私が八ヶ岳の方を向いている間にぷくぷくと膨らんで

乗鞍岳を眺めているうちに砕け散ってしまいました。
「さて、どうする?」「このままここでゆっくりしているのもいいかも。」「そうね。」
「霞沢岳までどのくらいかかると思う?」
「うーん、でも歩いていればそのうち着くんじゃない?」
で、12時になったら引き返すことにして出発しました。

K1からは南に折れて進みます。振り返ると潔い形のK1

K1-K2間の岩を乗り越すpalletさん。これは帰りに撮った写真ですけど。

途中には一面霜が下りたようなその名もシモフリゴケ。
こんなに纏まっているのを見るのは初めて。

こんもりとしたK2を過ぎあれは霞沢岳。あそこまで行けるかな?

このあたりから見ると焼岳も別の顔。ちょっぴり見直しました。

11:35 霞沢岳着
実は360度の展望感はK1の方が上かもしれません。でも穂高の全容を目の当りにするにはこれ以上の展望台はないと言っていいでしょう。かつては前、奥、西、北と個別のピークを区別しないで、明神岳を含めてあの山々全体を穂高岳と呼んでいたとか。この穂高の姿を眼にした時、霞沢から上って来た小島烏水も徳本峠でのウェストンに劣らない喜びを覚えたに違いありません。
いまだ見ぬ時、麓から仰ぐ時、同じ高みに立って相対する時、そしてついにその頂を踏んだ時、
憧れの山はそれぞれに応えてくれます。そこを歩いていたことを思い出す時も。

2553m峰への稜線は見事な染分け
さて、12時になりました。戻ることにしましょうか。
帰りも下っては上り、上っては下り、またまた上ってK1。
最後の眺めを楽しんでからK1を後にします。
気を使う下りも無事に過ぎ、少し気持ちにゆとりができて、
初めのうちは深まる秋のボルドー色や紅白実合戦などを喜んでいたけれど、






なんだか歩いても歩いても来た時のポイントに着きません。
小湿地を過ぎてからジャンクションピークまでなんてこんなに長かったっけ?
このコース、伸び縮みするんじゃないでしょうか。

でも錦織りなす景色に励まされながらともかく歩きます。

日がすっかり傾いて小嵩沢岳の山襞にくっきりとした影が刻まれる頃

徳本小屋に戻ってきました。出発から10時間後の16時30分。
今日出会ったのは、ソロのお嬢さん、小屋で一緒だったご夫婦、それから朝明神を発ってきたというタフな女性三人の大阪隊だけです。長く静かな山旅でした。
それにしても、よく歩きましたぁ。
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【 おまけ 】

palletさんのレポ(こちらから)で冬の霞沢岳を紹介しているので、 私は秋の霞沢岳を。ほんと、ギザギザだこと。
(2008.10.17 田代池から)
★ あとちょっと、上高地まで( おまけいろいろ )続きます。
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「暗い中歩き出して冷たいお弁当を食べるより小屋で暖かい御飯を」と勧められてそうすることにしましたが、山小屋で朝食6時というのはちょっと遅いような…
まぁ、今日の日没は17時30分頃、暗くなる前には戻ってこられるでしょう。

蝶ヶ岳の山裾を縫って光る梓川も見えました。
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ということでのんびりお布団にくるまっていたのでモルゲンロートは見逃したかも。
でも穂高の向こうの空はほんのりと、
心配だったお天気もどうやらもちそうです。









日本山岳会設立者の一人である小島烏水は、島々から徳本峠ではなく、沢渡から霞沢を詰めて上高地に入ったそうな。明治35年のことです。


K1が手前でその次がK2? 西穂は2の方が先だった。
ところでP1、P2のPはわかるけど、Kって何?
ヒマラヤにK2ってあるよね?(ヒマラヤいつか行きたいな)
( K2のKはカラコルムの英語表記 Karakorum の K でした。
ってことはこちらは Kasumisawa の K?)
あーだこーだ言っていられたのもこのあたりまで

まだあるのぉ? ありがたいはずのトラロープに八つ当たりしながら

今度は徳本峠から大滝山を経て蝶ヶ岳まであの稜線を歩いてみたい。

手前焼岳から西穂への稜線の下の方には帝国ホテルや清水屋ホテルの赤い屋根。
確かウェストンさんは霞沢岳にはあそこから登ってきたはず。



「さて、どうする?」「このままここでゆっくりしているのもいいかも。」「そうね。」
「霞沢岳までどのくらいかかると思う?」
「うーん、でも歩いていればそのうち着くんじゃない?」
で、12時になったら引き返すことにして出発しました。



こんなに纏まっているのを見るのは初めて。



実は360度の展望感はK1の方が上かもしれません。でも穂高の全容を目の当りにするにはこれ以上の展望台はないと言っていいでしょう。かつては前、奥、西、北と個別のピークを区別しないで、明神岳を含めてあの山々全体を穂高岳と呼んでいたとか。この穂高の姿を眼にした時、霞沢から上って来た小島烏水も徳本峠でのウェストンに劣らない喜びを覚えたに違いありません。
いまだ見ぬ時、麓から仰ぐ時、同じ高みに立って相対する時、そしてついにその頂を踏んだ時、
憧れの山はそれぞれに応えてくれます。そこを歩いていたことを思い出す時も。

さて、12時になりました。戻ることにしましょうか。
帰りも下っては上り、上っては下り、またまた上ってK1。
最後の眺めを楽しんでからK1を後にします。
気を使う下りも無事に過ぎ、少し気持ちにゆとりができて、
初めのうちは深まる秋のボルドー色や紅白実合戦などを喜んでいたけれど、







小湿地を過ぎてからジャンクションピークまでなんてこんなに長かったっけ?
このコース、伸び縮みするんじゃないでしょうか。



今日出会ったのは、ソロのお嬢さん、小屋で一緒だったご夫婦、それから朝明神を発ってきたというタフな女性三人の大阪隊だけです。長く静かな山旅でした。
それにしても、よく歩きましたぁ。
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【 おまけ 】

(2008.10.17 田代池から)
★ あとちょっと、上高地まで( おまけいろいろ )続きます。
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by koruko-yuki
| 2013-10-13 23:03
|
Comments(6)
思ったよりずっといい山だった…と
今なら言える(^^ゞ
縦走してるときならあのくらいのアップダウンは
どこにでもあるような気がするけれど
ピストンだから、疲れたよ~飽きたよ~って感じるのかも。
紅葉はあと1週間だったかな?
この3連休もどこか行けばよかった!?
今なら言える(^^ゞ
縦走してるときならあのくらいのアップダウンは
どこにでもあるような気がするけれど
ピストンだから、疲れたよ~飽きたよ~って感じるのかも。
紅葉はあと1週間だったかな?
この3連休もどこか行けばよかった!?
ゆきさん こんばんは~
霞沢、懐かしく拝見しました。
K1手前のザラザラ急登は相変わらずのようで、霞沢で一番イヤな箇所ですよね。
でも岳沢と穂高の吊尾根が正面に見えて、素晴らしかったでしょう。
お天気も良くて、ほんと!よかったですね。
ピストンの山って、絶対帰りの方が長いですよね!
「このコース、伸び縮みするんじゃないでしょうか」は正しいと思います。(笑)
それから、ゆきさん、鉄子さんですね~
あのアルピコ車体見て、井の頭線って分かるなんて、凄いです。
霞沢、懐かしく拝見しました。
K1手前のザラザラ急登は相変わらずのようで、霞沢で一番イヤな箇所ですよね。
でも岳沢と穂高の吊尾根が正面に見えて、素晴らしかったでしょう。
お天気も良くて、ほんと!よかったですね。
ピストンの山って、絶対帰りの方が長いですよね!
「このコース、伸び縮みするんじゃないでしょうか」は正しいと思います。(笑)
それから、ゆきさん、鉄子さんですね~
あのアルピコ車体見て、井の頭線って分かるなんて、凄いです。
palletさん、こんばんは。
霞沢岳、「お見それしました」って感じ。
いい山だったし、歩き甲斐もあったし(エヘヘ)
私もまた行ってもいいかな。
ところで、私たち年を取ったのかも(そりゃそうだ)。
初めの頃は休憩を入れて標準CT通りだったよね。
でもK1-霞沢岳間はあのCTはウソだって声が多いみたい。
霞沢岳、「お見それしました」って感じ。
いい山だったし、歩き甲斐もあったし(エヘヘ)
私もまた行ってもいいかな。
ところで、私たち年を取ったのかも(そりゃそうだ)。
初めの頃は休憩を入れて標準CT通りだったよね。
でもK1-霞沢岳間はあのCTはウソだって声が多いみたい。
sanpoさん、こんばんは
素晴らしい展望でした。
sanpoさんが山頂のガスが残念で、次の日に登り直したのって
正解でしたね。(真似はできないけど)
だって次回が快晴の保証はないんですもの。
>「このコース、伸び縮みするんじゃないでしょうか」は正しいと思います。
sanpoさんのお墨付きをいただいたので「ピストンの法則」と命名。
そうそう、五竜-鹿島槍ですが、
古いメモを見ていたら、私も口ノ沢のコルとキレット小屋の間に「まだ着かない」、
八峰のキレットには「案外あっけない」なんて書き込んでました。
素晴らしい展望でした。
sanpoさんが山頂のガスが残念で、次の日に登り直したのって
正解でしたね。(真似はできないけど)
だって次回が快晴の保証はないんですもの。
>「このコース、伸び縮みするんじゃないでしょうか」は正しいと思います。
sanpoさんのお墨付きをいただいたので「ピストンの法則」と命名。
そうそう、五竜-鹿島槍ですが、
古いメモを見ていたら、私も口ノ沢のコルとキレット小屋の間に「まだ着かない」、
八峰のキレットには「案外あっけない」なんて書き込んでました。
>ところでP1、P2のPはわかるけど、Kって何?
私も、同じことを思っていたのよ~。
調べる元気もないまま今になっているけれど、
>ってことはこちらは Kasumisawa の K?
という、ゆき&pallet説で納得しておきましょうかねぇ・・。
それにしても、よい天気に恵まれて、最高の山歩きができましたネ!
私も、同じことを思っていたのよ~。
調べる元気もないまま今になっているけれど、
>ってことはこちらは Kasumisawa の K?
という、ゆき&pallet説で納得しておきましょうかねぇ・・。
それにしても、よい天気に恵まれて、最高の山歩きができましたネ!
アイさん、こんばんは。
K問題、何かわかったら教えて下さいね。
で!
アイさんはこの夏はどこどこの山に行ったの?
このコメ欄でいいからそれも教えてほしいな~。
K問題、何かわかったら教えて下さいね。
で!
アイさんはこの夏はどこどこの山に行ったの?
このコメ欄でいいからそれも教えてほしいな~。

